月夜見 残夏のころ」その後 編

    “初夏なのに 暑いぞっ”


桜に続いて萌え出した緑が、
若葉から新緑へと落ち着き始める頃合いになった。
今年は特に気温も高くて、
陽向に立っていると、
ひりひりするほどの強い陽に汗が出るほどの暑さだが。
木陰へ逃げ込めばあっと言う間に涼しくなるし、
ずっと日陰や屋内にいる分には、
うっかりと半袖で通していると冷えるくらい。
なので、着るものに困るのもこの時期なのだが。

 とはいえ、
 元気いっぱいのお年頃の男子ともなりゃあ

よほどにダルダルな怠け者でもない限り、
しかも、それが苦手なお勉強関連じゃあない場合、
ダチと出掛ける待ち合わせや、
部活の集合時間に遅れっぞとか。
あああ、バスが来てんじゃねぇかこのやろが、とか。
鼻の先にゴールがぶら下がっているようなものへは、
体力惜しみなくのドタバタと、
元気いっぱい駆け回るお年頃だったりするものだから。

 「あっちぃ〜〜。」

朝一番の搬入作業と、そこからなだれ込んだ商品陳列と。
わっせわっせと取り掛かっているうちは
まだ涼しい時間帯だったこともあり、
小汗こそかいたもんのそれほど堪えはしなかったものの。
陽が昇って来ての昼も間近くなって来れば、
駐車場に程近い、陽あたりのいい売り場から順番に、
陽の目映さや地べたからの照り返しが迫りくる。
幌をかければ日陰はまださほどには蒸さぬはずなのだが、
何と言っても陽射しが強烈。
外を回ってのお使いを言い遣ったりしたならば、
ほんの数往復で どっと汗も出るというもの。

 「何なんだよ、これ。」

セミの声が聞こえても驚かねぇぞと、
この腕白さんにしては穿ったことを思いつつ。
その周りを木製のベンチで囲って休憩所としたスズカケの木陰、
今はお客の波も途切れた頃合いだし、
駐車場側のバックヤード前という 人通りも少ない場所ゆえ。
従業員ですが、使わせていただきますと。
こちらでは小柄な方なバイトくんが、
開いた脚の膝あたりへ 肘を引っかけての、
頭首を垂らした前のめり。

 暑さにめげております、と

看板がなくともよく判るスタイルで、腰掛けての休憩中。
お仕着せの作業服も脱ぎ散らかしての、
職場とお勤め、一切合切 放棄中らしく。
少し大きめの袖なしシャツがぶかぶかなところも
風通しという助けになっていないものか。
骨張ってはないが、
それでも細いめの二の腕なんぞをご披露しつつ。
息切れの態で休憩しておれば、

 「…?」

不揃いな髪の隙間から、自分の前に立つ誰かの足元が見えて。
デッキシューズを素足に履いておいでで、
少し短め、立っていてくるぶしが見える丈というパンツスタイルなのも、
こちらの従業員のお兄さんやおじさんたちには見られぬいで立ち。
あれれぇ?と視線を下から順番に上げてゆけば、

 「よお。」

浅青の綿パンに、
トップスは黒地のタンクトップと
オーバーシャツ風に羽織った気の早いアロハという、
小じゃれたいで立ちをした金髪のお兄さん。

 「あ、サンジじゃんか。」

近所にオープンしたばかりの家具と雑貨の大型店の中、
お好きな食器をお試しくださいなという趣向のカフェ風イートインにて。
コーヒーやソフトドリンク、
パニーニやチーズケーキなどを供しておいでの、
うら若き雇われマスターこと、サンジという彼は、
ルフィとエースの兄弟と、
実は従兄弟同士という関係になるのだとか。
向こうのお店のオープンと同時に
こちらへもお顔を見せ始めたという、
つまりは新参者な存在だというに。
通りかかったバイトの女子高生がきゃあと声なき声を上げ、
チラ見ながら、ついつい視線を向け続けてしまう存在で。

 『そんな言うほどイケメンかなぁ?』

俳優やモデルみたいなとかいう“綺麗な”タイプじゃねぇのになと
身内のルフィには どうにもピンと来ないらしいが、
向こうのお店じゃあ、
レイアウトやデザイン方面志望という やはりバイトの女子大生や、
商品を納入している商社や、
家具・雑貨のメーカーから来ている営業の女性らが、
どちらさんもほぼ全員、
休憩と言いつつ 毎日顔を見にくるモテっぷりなのだとか。

 『ルフィたちの従兄弟ってことは、店長とは…?』
 『んと、サンジから言うと、
  母ちゃんの兄貴の結婚相手の、
  そのまた弟ってことになんのかな?』
 『……え?』
 『シャンクスから見たら、
  姉ちゃんの結婚相手になる旦那の、
  そのまた妹のトコの子だ。』
 『………。』

ややこしいでしょうか。
(実はもーりんも こういう話はすごい苦手だ・笑)
早い話、ルフィたちとは父方の方の従兄弟だそうなので、
よって厳密に言えば、
彼らの母方の叔父にあたるシャンクス店長とは、
親戚ではあるが“血縁”とは言いがたい間柄だとか。

 『そうか、だからちょっとばかり雰囲気が違うんだね。』
 『うんうん、何か線が細いというか。』

ジャケットやテーラードシャツがようよう映えるほど、
背条もしゃんと張っているし。
手もかっちりと頼もしく、大人のそれ。
決してなよなよしい御仁ではないのだが、
それでも、どこか繊細そうな印象があるし、
何と言ってもフェミニストだし。

 「サンジのはただの女好きだ。」
 「はいはい。そうだ、その通り♪」

腐されても所詮はお子様の戯れ言と、
相手にはしないでの朗らかそうなお顔のまんま、

 「ほれ。陣中見舞いだぞ。」

中身はアイスらしい、銀色の保冷仕様パッケージの
小ぶりな手提げを差し出す彼で。

 「うあ、サンキューvv」

だから好きだぞ、サンジと、
こちらもまた、食い物で釣られたことなぞ、
てんで意に介さぬお気楽坊や。
目映い笑顔で わぁいと手を出し、さっそく中を覗き見る。

 「どれ取ってもいいぞ。
  叔父貴やエース辺りには先に渡して来たからな。」

買ったものじゃあないお手製アイス。
かわいらしいプリン型サイズなので、
こちらの食いしん坊さんなら
2つ3つはペロリと平らげそうな勢いなことも織り込み済みらしく。
案の定、
どれがいいかな、バニラも好きだがマンゴーも美味しそうと、
迷っているのを可愛いものよと眺めていたが、

 「そういやお前、いつ来てもたいがい居るよな。」
 「何だよ、その言い方。」

居ちゃあいかんのかと、たちまち頬を膨らます従弟殿へ、

 「だってそろそろ柔道部の方も、
  都大会とかインターハイとかいうのの
  予選じゃないかと思ってな。」

高校総体ことインターハイは、例年 七月末から八月の頭に開催なので、
それぞれの都道府県の代表、
選抜チームを組むにせよ代表校を決めるにせよ、
そろそろ その選考にあたろう、
選手権大会の予選などが始まってもいようにね。
結構 有力選手だと聞いているルフィが、
だっていうのに、
早朝じゃ週末じゃという、練習があってしかるべき時間帯に、
このバイト先にいつも来ているのはどうしたわけかと。
学生スポーツにはあんまり詳しくない自分でも
“あれあれ?”と思ったほど不審なことだぞと、
会釈で断る格好、ポケットから引っ張り出した紙巻きに火を点けつつ、
従兄のお兄さんが柔道小僧へ訊いたれば、

 「うん、それがな…。」

1つ目はチョコとフレッシュバニラのマーブルミックスに決めたらしく、
食べ頃になっているところへ、
これもシェフ殿のこだわりか、木のさじを差し入れながら、

 「何か知らんが、俺が居ると練習にならんのだと。」
 「はい?」

うま〜vvと、小さな幸せにホクホクしつつ、
口調は だが淡々と、

 「試合前の調整と、
  試合当日だけ来ればいいって言われてんだよな。」

 「何だそりゃ。」

まさかとは思うが…いじめか?と。
恐る恐る訊いたお兄さんへ、
知るかよと眉をしかめる坊ちゃんだったが、

 「でも、主将や顧問のせんせーから、
  拝まれて頼まれてのこと、なんだよな。」

特に険悪なことでもないようで、
彼本人も一応は納得しているらしい。
何とも覚束ぬ説明だったが、
後日に兄上のエースへあらためて訊いたところ、

 『ああ、それな。』

うくくと楽しげに笑ってから、
教えてくれた事情というのが、

 『あいつ、鬼のように勘がいいからよ、
  重さの階級も関係なしに、どんなデカぶつ相手だろうが、
  隙を見つけちゃあ ホイホイと呆気なく
  投げたり倒したりしちまうんだよな。』

自分での自力での前回りも最近してないぞってクチが、
組んだかと思う間もなくの あっと言う間に、
世界がグルンて回って転がされる訳だからな。

 『実力あるのに自信喪失しちまう奴まで出るらしいんで、
  大会前は特に、顧問や部長から、
  頼むから自主トレで頑張ってくれって言われてんだと。』

 『……それはまた。』

とんだ目玉選手がいたもんである。(苦笑)
チョコミックスをあっと言う間に平らげて、
次はマンゴーだと手に取る坊やに苦笑をこぼしつつ、

 「…?」

ふと…サンジが気づいたのが、
何でまたこんな暑い場所にて休憩していた彼なのか。
確かに木陰で涼しいけれど、
店の中の方がもっとずっと涼しかったのに。
食料品をおいている店舗側なら早くも冷房が入っているし、
そうでない場所だって、仮にも生鮮野菜を扱う店だけに、
風通しだの陽あたりだのを踏まえた空調管理は
きちんと計算されてもいるのだろうに。

 “…だよなぁ。”

だっていうのに、店内のどこを探しても見当たらず。
従業員用の食堂やら職員執務室がある2階の窓からここを見下ろし、
やっと見つけたという順番。
何年ものキャリア持つベテランとまでは言わないが、
それでも高校に上がってすぐ辺りからここでのバイトを始めたというから、
どこが涼しいとか、使い勝手は自分なぞよりよくよく承知だろうになと。
合点が行かぬと思いつつ、何とはなしに周囲を見回せば。

 “  ……お。”

くどいようだが新参者なサンジさんにも
“なぁ〜るほど…?”と思わせたものが視野の中へと収まった。
バックヤードへの搬入口の傍ら、駐車場に間近い場所なので、
その駐車場に停められた軽トラックの列もよく見える。
配送係も今はほぼ全員 農家さんから戻って来ておいでか、
数台ほど整然と居並ぶ車両の陰から。
アスファルトを黒く濡らしてじわじわと流れてくる水があり、
誰かがトラックを洗っているものか、

  ……と 思いきや

水が止まって、ばさばさばさっという布の音が響いてから、
クルマの間からひょこりと出て来た人影は。
上半身へ申し訳程度に上っ張りを引っかけておいでの、
やはり こちらのアルバイトの高校生ではないかいな。
さては、あまりの暑さに頭から水をかぶった彼であるらしく、
とはいえ、ズボンはさほど濡れちゃあいないところから察するに、
体を前へ倒す格好で、上半身だけ…という水浴びをしたのだろ。

 「ワイルドなもんだな。」

駐車場寄りとはいっても、
遠目というのが当てはまる程度には距離もあり。
こちらは商品の搬入口、
向こう側になる従業員用の通用口へと向かってしまったようで、
あっと言う間というキビキビさで姿を消してしまった 背の君で。

 「……うん。//////」

まま、他には誰もいなかったのだから、
誰のことと限定してねぇぞという ツッコミも
利かぬ状況じゃあったものの。
アイスに集中していたはずの手が止まっており、
視線も真っ直ぐ、短髪の君が消えた方を向いたままとくれば、
あの剣道青年が居たのを見越して、
こんな暑いところで息抜きをしていた坊やだったのは明らかで。
しかもしかも、

 「ゾロっていい体してるよなぁ。」

 「…お〜い?」

言うに事欠いてと、コケかけた従兄のお兄さんだったのへ、

 「だってよ、俺、どんなに鍛えてもあんな風に腹筋割れねぇしよ。」

腕や肩だって全然肉づき違うしよと、
口惜しいのだろう方向で、ムキになったような口調になるので、
ああそうかと、サンジの中でも何とか納得が追いついた。

 「そりゃあ しょうがないだろうよ。」

向こうは剣道、お前は柔道で、
鍛えるものは膂力に瞬発力に柔軟性…と、言いようは同じであれ、

 「向こうさんは 竹刀って得物を、
  ぶん回したり、一閃って速さで振らにゃあならんのだ。」

その分だけでも、腕力やら鋭さやらへの分厚さが違うんだろうよと、
宥めるように言ってやったところ。
いつの間にか、3つ目のメロン風味のを半分ほど攻略しつつ、

 「トラックの荷台から転げかかったりして、
  そのたびに上手に抱きとめられたりすんだけどサ。
  手が放せない間合いとかで、
  ギュウってされることもあったけど、
  ホントに凄げぇ頼もしいんだよなvv」

胸板はがっちがちで、腕も堅いんだけど、
力をふわって緩めると、
上等のソファーとかの背もたれくらいになってサ。
しかも凄げぇ広くて居心地よくてサ。

 「あれは参るわなぁ。
  女の子、イチコロだぞ、きっと。」

…なんて。
にっぱし笑い、他人事みたいに言う坊やだったけれど。

 “お前もイチコロされてねぇか?”

どれほど楽しいことを話しているんだか、
お気に入りの特製パフェと
有名鉄板焼き店への食べ放題招待券が一遍に来たよな物凄い笑顔なのへと。

 “腕によりかけたアイスも吹っ飛ぶほどの、いいお顔しやがって。”

真夏もかくやという頭上のお空と同じ、青いお眸々をたわめつつ。
しょっぱそうな苦笑が洩れてしまってた、
従兄のお兄さんだったのでありました。





   〜どさくさ・どっとはらい〜  2013.05.24.


  *原作のルフィさんは、ちゃんと腹筋も割れておいでですが、
   こっちの彼は、柔道の、しかも瞬発力タイプ天才型だということで。
   さりげなく惚気てるという自覚は、全然ない坊っちゃんだと思います。
   カッコいよなぁという、まだ今のところは憧れのつもり。
   相変わらずに亀の歩みです、困ったもんだ。(苦笑)


ご感想はこちらvv めーるふぉーむvv

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